考えの小瓶

思ったことを思うままに放り投げるだけのブログ

私と病気

今週のお題「20歳」

 

 20歳の夏休みに、初めて大きな病気をしました。手術もしましたが、後遺症はなく、入院も夏休み期間中で済み、何事もなかったかのように新学期から大学へと戻りました。私の病気と入院のことを知らない人もいるのでは、と思います。

 今振り返ると、20歳の時の入院と手術は、私にとって物事を考える角度を変えたきっかけだったような気がしています。

 お題からは少しずれてしまうような気がしますが、この機会に少し当時のことを振り返ってみます。

 

 病気の予兆はありました。おかしいな? 気のせいかな。気になるし病院に行こう、でも忙しいからあとでね。それがよくなかった。自分の身体のサインを軽んじていました。ただ、元気で行動することはできていました。だから、まぁいいかと思ってしまった。

 「ちょっと病院に行ったほうがいい」と私の身体のおかしさに気づいた親に言われて、私は病院に行きました。

 

 明らかにおかしいから検査をしたほうがいい、詳細はまだわからない。

 

 きっと大したことないよね!と思っていたのに、お医者さんに言われたことはこの通りでした。検査を色々なところに受けに行きましたが、病院は混んでいて、結果がその次の日に伝えられるわけはなく。

 “とにかく私の身体には何か深刻な異変が起こっているらしい”ということだけはわかりますが、この後どうなっていくのか、治療の見通しも生活の見通しも立ちません。

 不安で仕方がありませんでした。出かけるつもりにもなりません。幸い夏休みだったので、一日中現実逃避にゲームをしていました。

 

 そのうちに結果を聞く日になりました。臓器の腫瘍でお腹が圧迫されている、というような話でした。どうやら手術をしたほうがいいらしい。ただ、手術も予約が必要で、その病院ではすぐにはできないらしい(最短一か月後)。どうも悪性なのか良性なのかはわからないらしく、あまり悠長にしないほうがいいけれど……というようなことを、言われたような覚えがあります。

 えっ、必要なのにすぐ手術ってできるとは限らないんだ……!?

 かなりショックでした。ものすごーく緊急性があるわけではない、というのはなんとなくわかりましたが、それでも急いだほうがいいらしいのに、もしかしたらものすごく先にもなるかもしれないらしいのです。そういう状況に私がなってしまったことが、何よりショックでした。

 お医者さんも確かなことが何も言えなかったのか、「命に関わることはありませんよ」とも聞きませんでしたし、自分の命が揺らがされる体験でした。私、死ぬかもしれない?

 

 幸い、一週間もたたずに提携している病院で手術を受けられることになりました。あっという間に入院です。手術の準備もあわただしく過ぎて行きました。手術のリスクが説明されても、何も決まっていないときよりは不安が数段マシで。将来がわからないって一番辛いな……としみじみ思いました。

 麻酔のリスクや、腫瘍を取ってしまうことでのリスク、他に腫瘍ができていた場合のリスクも聞きました。中には、結婚や子育てにも関わるリスクが混ざっていましたが、ともかく自分の命が優先だなぁと思いました。

 生きていればどうとでもなるさ。

 当日は意外と緊張せず、「あらこんなものかな?」と思って手術室に入りました。麻酔が入ってすとんと意識が落ちる感覚。気づいたら手術も終わり、看護師さんに呼びかけられていました。「反応できますか~?」と声をかけられているのは聞こえるのに、瞼を持ち上げようとしても持ち上がらない。そのまま、意識はあるのに動けない状態で部屋に戻った…ような印象があります。

 

 手術は無事終わりました。待っていた親と言葉を交わしたような気もします。

 ただ、そのあと強烈だったのが、術後の痛み。ものすごく痛くて、痛い以外に何も考えられない。握った親の手と、痛み止めの注射をしに来てくれた看護師さん……。痛みが引くまではかなり辛い状態で、時折現実逃避に「斬られるってこういう痛みなのか…辛いな!」なんてことを思っていました。

 本当にものすごくずっと痛かったです。傷怖い…。

 

 痛みも引いて、動けるようになったころ、腫瘍は良性で、手術も一番リスクが少なく済んだと聞きました。

 そしてしっかり療養して傷が癒えたころに、退院。一か月も入院していなかったのに、それだけで、ものすごく体力が落ちていることを感じました。だって少し急ごうとしただけで息切れするんですもの。

 ただ、周りの友人が荷物を持ってくれたり、歩く速度を合わせてくれたりと、大きな不自由はなかった覚えがあります。

 

 

 その後の悪い予兆もなく、初めての入院と手術は終わりました。

 振り返ってみると、病気になったときの不安さや辛さが文字通り痛いほどよくわかりましたし、自分の身体を大切にすることの意味が実地でわかりました。ものすごく軽んじたことを後悔しました。

 将来のことも、少し考えるようになりました。結婚や子育てのリスクになるような結果にはなりませんでしたが、それでも、結婚しない・子育てしないような将来になるかもしれない、と手術前に考えていた。そういう人生を生きるという選択肢が、このときに生まれたような気がしています(実際にどうするかは考えていませんが)。

 

 

 今、病気で不安だという話を聞くと、あの当時の自分の気持ちを思い出します。

 結婚や子育ての話を聞くと、手放す可能性も含めて了解した当時のことを思い出して、それ以外の道もあるんだろうな、と思います。

 これからも、病気になった経験を思い出して、生かしていくのかもしれません。