考えの小瓶

思ったことを思うままに放り投げるだけのブログ

私と生きがい

 これが人生の生きがいだな~~って思っていることを持っている人はどれぐらいいるでしょうか?

 私の周辺を見回してみると、ゲームが好きな人や創作をしている人、漫画やアニメに熱をあげる人などなどたくさんいます。あと、ジムに通ってみたり、カフェめぐりをしてみたり、ギャンブルに走ったり、誰かと一緒に遊んだり……。

 

 そういう様子を見ていると、何かしら“これがなければ!!”というような生きがいを持っているように見えます。

 すごく夢中になっていて、楽しそう。

 

 では私は……ものすごく夢中になるもの……ピンと来ません。

 以前(私と好きなこと語り)もそうでしたが、どうも熱がない。

 

 好きなことはたくさんあります。

 生きていくうえで、まったく物語……小説でもゲームでも漫画でも、そういったものに触れないことは考えられません。

 あと、1か月、どの友人とも会わないで生活すると寂しくなります。

 数日好きなことをしていいよと言われればやりたいことは色々あります。

 けど、周りの人と同じぐらい、熱中して何かに心血を注いでいるか、と言われると。

 

 ふと、そもそも生きがいとはなんだろう?と思ってコトバンクで調べてみました。

人生の意味や価値など,人の生を鼓舞し,その人の生を根拠づけるものを広く指す。〈生きていく上でのはりあい〉といった消極的な生きがいから,〈人生いかに生くべきか〉といった根源的な問いへの〈解〉としてのより積極的な生きがいに至るまで,広がりがある。生きがいは,漠然とした生の実感としてほとんど当人に無意識に生きられていく場合と,自覚的に人生の営みに取り込まれる場合とがある。また一方では,自由や平等といった社会原理,愛や正義といった宗教的格率のように,より普遍的なものに結晶化し,他方では,諸個人の日常生活に具体化されてより個別的な姿をとる。

コトバンクhttps://kotobank.jp/

  思ったよりいろんな意味がありますね! これまでの私のイメージだと〈生きていく上でのはりあい〉のほうに近いかな。

 はりあい、なら、友達と旅行に行くことから、一人で好きなものを料理するところまで、結構色々な行動で得られている、かも。

 ものすごく熱中するものが「生きがい」だとなんとなーく思っていたけど、そうとは限らないようですね……。

 

 あと〈人生いかに生くべきか〉のほうは、このブログを立てたりしたこと自体が、そういう取り組みのような気がします。

 人生、できるだけのんべんだらりとハッピーに生きたいのが本音ですが、正直、生きている中で一番自分をハッピーじゃなくしてるのは自分なんですよね。

 「こうするべきじゃないか」「こんなことしてはいけない」「この先を考えると今のうちにやっておかないと……」みたいな、自分の考えが、自分を縛り付ける。

 自分の敵は自分です。小説読んで夜更かしするのは簡単ですが、正直次の日の自分は、何故もっと早く寝なかった、と昨日の自分を恨むわけで。

 

 おおむねお気楽に自分が生きるためには、自分をよい方向に向かわせたほうがよさそうです。

 その前に、自分にとってどういう方向がよい方向なのかを見つけないと向かえませんし、自分のどういうところが、自分をお気楽じゃなくしているのかもわかったほうがよさそうです。

 そんなわけで、どう生きようかと考えたときには、色々考えながら生きよう、なんてね。そんなことを思っています。

 そういうことを黙々と考えているのが生きがいで、考えること自体に熱中しているのかもしれませんね(笑)

 

 自分の生きがいって…?というところから初めて見ましたが、これ自体、「熱中するものがない自分って生きがいないんじゃない? まずくない?」という自分の考えの影響があったのかもしれません。

 

 意外とあったね。